演出と最近考えていること
【定例さんぽ】
次回は土曜日!と言ってましたがちょっと諸事情で2回目が今日でした!もし楽しみにしていた人がいてくれたならすみません。
1回目はこちらから→🚀
全ては演出
次回の「りさこのルール」物語が難しい切り替わりのところで、作者のつのだふむさんも頭を抱えていた。
どんな展開のアイディアがあるかと考えているときにそんな話があり、編集者の佐渡島さんは演出をお寿司で例えていたのが印象に残った。
ネタが新鮮で良ければいいお寿司屋さんとしての演出をすればいいし、仮に少し傷んでいてもそのまま出されるより熟成寿司だって言われて出されたらむしろ食べたいと思うでしょ?マンガも一緒だよと。
(あくまでマンガに対する例えなので熟成寿司を悪く扱う意図は全くないです。食べたいです。)
つまり何か強烈なネタを探すのではなくそれをどう読者に見せていくかに技術を使うのが大事だということみたいです。
うーむ。
読者も"言いたい"
これはちょっと自分が最近誰かのツイートに思わず反応したとき感じたことなんですけど、多分作者だけでなく読者のみんなも何か"言いたい"のではないかと思いまして、マンガはその依り代なのかなって。
自分は結構臆病で、作品を作るとき頑張って隙がなるべくないようにとしてしまうところがあるんです。(事実そうなってるかは別だけど)
でも会話でも突っ込めない話は参加できないから面白くないし、そういえばサラリーマン時代の設計のプレゼンでも相手に最後気持ちよく質問させる隙を残してやった方が企画が通りやすかった。
つまり自分はそのツイートに気持ちよく感想を言わされた状態だったのではと考えがまとまって、そんなわけで"演出"だったり"感想を想定してから作る"というのはどんな気持ちにさせたいかということではなくて、相手にどんな言葉を気持ちよく言ってもらう状態にするかということなのではと考えはじめた。
「かわいー」とか「不思議ー」とかなんでもよくて、その言葉を引き出すための隙を作ることが演出かもと思って実践してみようかなとここ最近は考えている。
ちなみにふむさんの次回の話はまとまらずに定例打ち合わせは終わってしまった。ふむさんふぁいと!
ふむさんへの応援の声はこちらへ→( twitter: @tsunoda_fumm )